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2011年10月

●カウンセラー日高のつぶやき● 言葉の実験

前からやろうやろうと思いながら、なかなかできていなかった「言葉の実験」をしてみました。

ゴーヤの同じ部分を縦に半分にわって、別々のビンに入れます。

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2つの言葉をシールに書いてビンに貼りました。

ひとつは、「私は何でもできる」

もうひとつには、「私は何にもできない」

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5日たつと、顕著に変化があらわれました。

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「私は何でもできる」ゴーヤ・・・色も形もほとんど変わらず緑も鮮やか。種の部分が少し赤くなっている。

「私は何にもできない」ゴーヤ・・・色は緑から黄色に変化。いったん水分がでて膨張しましたが、その後、縮みはじめ、あっという間に形が崩れました。種の部分が膨れ、赤い花がさいているように実のようなものができている。

いろんな方が、実験をされた映像や画像を見せてもらっていましたが、百聞は一見にしかず。

ぜひ、ご自身の口癖でやってみることをお勧めします。かなりの衝撃です。人から言われたり、本で見たりすることは、徐々に薄れていきますが、自分で体験したことは深く自分の中にとどまります。

この後も観察を続けましたが、

「私は何でもできる」ゴーヤは、緑のままで、形が崩れていくのもとてもゆっくりでした。もともとの素材がゆるやかに変容していく印象を受けました。

「私は何にもできない」ゴーヤは、黄色と茶色が混じるような色にさらに変色。早いスピードでとろとろに溶けて原形がなくなってしまいました。もともとの素材が壊されていくような印象を受けました。

 

”どうしてできないんだ!” 

”どうしたらできると思う?”

 

”絶対できない、ムリ!” を

”できる部分はどこだろう?”

 

”できないこと” にフォーカスするのではなく、

”できること” にフォーカスする。

 

”私、何にもできないんです。” なんて、簡単に自分に毒を吐いてはかわいそうです。

 

可能性の塊である、あなた自身をまず大切に扱いましょう。

そして、職場でも、家庭でも、どんな場面でも、目の前の人の素材を活かす言葉を使いたいですね。

 
 

カウンセリングルーム Big Smile 産業カウンセラー 日高 優子

 

●カウンセラー大槻のつぶやき●私の考える職場復帰

今年ももう季節は秋を過ぎ、冬への準備に入いろうとしています。

この4月から京都に事務所を移して半年となりました。
この間、講演やカウンセリング、職場復帰にと多くの支援に関わらせていただきました。
その中でもやはり職場復帰の困難さは特に感じながら6件の職場復帰を成功することになりました。
また、7月には「職場復帰を成功させる」学習の友 も出版することができ多くの反響をいただきました。

その質問やこれからの職場復帰を考えるためにこれから少しづつ『職場復帰のプロ』として
つぶやいていこうと思います。

今回は、さっそくですが私の考える職場復帰をつぶやきます。

私の考える職場復帰とは・・・

その人の「働きたい気持ち」を大切にし、元気な職場に戻すとが一番大切なことだと思うからそこ時間をかけて相互に支援していきます。

先ず、個人的な問題として「自分はなんのために働くのか?」という振り返りです。何気ない日常のなかで時間に追われながら作業をしている人が多く、身体が動かなくなって初めていろんな壁に当たります。その中で「なんのために自分は働いているのか?」ということを振り返り、これまでの自分の「棚卸し」をしてみましょう。

そして働く目的ややりたいことが見えてきたら少し頭を切り替えて「どうしてこのような病気になったのか?」という今後に向けた振り返りが大切です。一見、「どうして・・・?」と考えると後ろ向きな考え方のように感じますがこの「どうして・・・?」が何においても大切です。なぜなら自分自身に興味を持ってあげることになるからです。

他人への興味は、多くあるけど自分に興味を向けることはあまり意識していません。そこで、自分に少し興味を向けて同じことを繰り返さないように「発症要因」をしっかりつかんでおくことが職場復帰においての再燃、再発の予防になります。なぜならがんばる人は、つい頑張っていることが当たり前になりがちです。そんな時、頑張り過ぎない自分をちょっと意識する必要があります。そこは、発症要因が自分の中で明確になっているからこそ意識できます。

また、職場は、「受け入れる体制」を作り上げることです。そのために、私の職場復帰支援では、職場へのフィードバックを必ず実施し、さらに受け入れる側の人のために職場説明会を実施するようにしています。

こうして職場復帰は、お互いが理解し支えあう気持ちあってこそ成功します。実は、この時点でもうすでに職場づくりがはじまっているのです。
 

●カウンセラー福田のつぶやき● カウンセラーの道② 四十にして不惑?!

 

 「ここで骨をうずめます!」

18歳でそう宣言して入所した法律事務所での歳月は青春そのものでした。

充実さを満身に感じて働いていました。

ところが、突如「カウンセラーになろう!」と思いたったのは、38歳のときです。

きっかけや理由は、いろいろあります。

でも、おそらく年齢が私を突き動かしたように思います。

「アラフォー」なんて言葉はまだ流行っていませんでしたが、40歳を強く意識していました。

40歳は「不惑」、人生の方向性が決まり、迷いがなくなる歳といいます。

半面、心身ともに大きな転換期を迎えます。

心理学者のユングは40歳前後を「中年の危機」と言いあらわしました。

それを知らなくても、「人生あと半分やな~」と考えるのはとても自然なことでした。

 法律事務所での私は、「自分の考えていることぐらいは、みんなわかっている」

「これが常識で、これをするのが当たり前」「私にできることは、誰にでもできる」という考えでした。

10年近く、先輩ばかりの中でいた時には、その考えで全く不都合はありませんでした。

 

ところが、長女を出産して(27歳)、産休明けて出勤するまでに、幾人かの先輩が退所されていました。

30代前半で、とうとう私の先輩は一人になり、後輩ばかり10人ほどになって、

今までの考え方は現実には当てはまらなくなってきていたのです。

でも、10数年培われたものはなかなか変わるものではありません。

気づかないうちに、後輩たちとの間に深い溝を掘っていったのです。

苦しく、孤独な日々をもがきながら、強がりながら、認められるために必死だったのです。

 そんなときにたまたま知ったのが、「カウンセラー」という職業でした。

インターネットで見つけた「カウンセラー養成講座」に通いはじめて、私が出会ったのは・・・。

 

(しんぶん赤旗 近畿版 7/8 掲載)
 

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